ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
トランペット奏者の歴史
第8回ウィーン・トランペット研究会より
Walter Singer氏を囲んで
(通訳・解説: 築地 徹)
@過去のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下ウィーンフィルと省略)奏者と
その使用楽器、ウィーンフィルの音色について
まず、お話しなければいけないのは有名なProf.Wobisch, Prof.Levoraの先生がProf.Denglerであるということです。直接Prof.Denglerとお会いすることは、私がウィーン・アカデミーに通いだしたのが1969年ですから年齢的に無理でした。1958年に確かお亡くなりになったはずです。彼の門下生には私の師であるProf.Wobisch,Prof
Levora,Prof.Albrecht そして、Prof.Hollerがいます。ヴィナーシューレ(訳者註:ウィーンスタイルと書いた方がわかりやすいでしょうか?)の基礎を築いたのが、Prof.Denglerだったのです。彼はドイツ人でした。すでに現在はかなり変わってしまいましたが、その当時のウィーン(オーストリア)、ドイツのスタイルに大きな違いはなかったのです。また、彼はウィーン国立歌劇場の首席トランペット奏者としてだけではなく、ソリストとしても世界中で活躍していました。
その後の首席奏者に1936年Prof.Levora が1939年にProf.Wobisch,その後に(年代不詳)Prof.Albrecht、また次の世代としてProf.Holler,Prof.Pomberger,私へ、統一されたものとして引き継がれていきました。また、今述べた奏者がHeckel製作のトランペットを演奏していました。
そのHeckelのトランペットをウィーンに紹介したのが最初にご紹介したProf.Denglerだったのです。
Heckelは、多くの楽器を作りました。もちろん良くない楽器もあったのですが、その当時としては非常に良い楽器を他と比べて多く製作していたのです。そしてProf.Dengler,
Prof.Levoraなど他の奏者も直接、ドレスデンのHeckelの工房に赴き、最低でも10本、もしかするとそれ以上の楽器の中から自分たちが使う楽器を選び、試して、改良させていたのです。もちろん、ウィーン・フィルのメンバーだけではなくドレスデンのあるザクセン州の奏者、また南ドイツの奏者も同じようにしていました。ただ、北ドイツの奏者は、モンケに代表されるベルの形状から違うタイプの楽器を使っていました。
私が今述べてきた Heckel のトランペットの一番の特徴、魅力は音色がすばらしいことで、軽やかであり明るいことです。現代の楽器製作者(マイスター)の楽器はより大きい音を出すことが出来るように作られています。それに比べ、Heckelのトランペットの音量はそんなに大きくはありません。しかし、世界中の指揮者がオーケストラのトランペットにそのような大きい音を求めているでしょうか?たいていの場合” もっと小さく ”とは言っても” より大きく ”とは言わないでしょう。Heckelのトランペットはそういう意味ではやわらかい、良いバランスの楽器なのです。
私は最近の楽器の音量はBigbandのそれのように大きすぎると思います。オーケストラで大事なのは弦楽器・木管楽器と溶け合うバランスが必要で、金管楽器の音量は大きすぎてはいけません。大きすぎると全体のバランスが崩れてしまいます。それは大きな間違いなのです。にもかかわらず前にも述べましたが楽器製作者サイドはより大きな音の出る楽器を作り続けているのです。
過去の演奏(レコーディングされたものも含む)は音色が非常にすばらしいです。当時のウィーンフィルのメンバーみんながHeckelを使って演奏していますし、私自身も1980年までHeckelの楽器で演奏していました。その後は・・・(省略)
現代の楽器の問題点は管(ボアサイズ)の太さ(内径)がどんどん大きくなっていることです。、内径11.00mmが良いにもかかわらず、11.45mm,11.65mmと大きくなることによって音色は鈍くて暗いもの、もしくは硬くきついものになってしまいます。なおかつ高音域の吹奏感はきつくなるだけです。Heckelのトランペットは内径11.00mmなのです。それは明るい音色であるにもかかわらず、非常に柔らかい音色なのです。
Prof.Hollerと私自身よく話していましたし断言できることなのですが、今の我々(オーストリア)の楽器は近くで一緒に吹いていると非常に大きな音がしてますが、ホールの聴衆側に言って聞いてみるとあまりよく聞こえません。Heckelのトランペットはそれとは違い、近くで聞いているとそんなに大きい音量とは感じないが聴衆側では良く聞こえます。大事なことは一緒に演奏している他のオーケストラプレイヤーに聴かせることではなく、聴衆にはっきりと正確にトランペットの音として聴こえることなのです。
誤解されてはいけないのですが、Heckelのトランペットにも少なからず問題があります。たとえば、やはり音量でフォルテはあまり鳴らない、5線のすぐ上のGisが当たりにくく、音程にも問題があるところなどです。それから今現在、本当の意味でよいロータリートランペットはありません。もちろん新しいHeckelのトランペットはありませんし、現存する楽器は古すぎて(60年以上経っている)現代のオーケストラでは使えません。今大事なのは、私たちが過去を振り返る上でHeckelの伝統の音色を持ったさらに改良された楽器が必要であるということなのです。
ですからHeckelの形状をただコピーするので駄目です。同じ問題が起きてしまいます。私の考えではベル、マウスパイプなどはコピーしたものを改良出来ますから、一番の問題点であるロータリー内部を私のアイディアで作ったものと組み合わせられれば、Heckelの伝統の音色を持った更にすばらしい楽器が生まれるでしょう。
Aウィーン・アカデミーにて
私はProf.Wobischのもとで学びました。最初はアーバン教則本から始まり、コーポラッシュ、リザリング(移調のエチュード)、ブラントなどさまざまなメソード、エチュードを使ったレッスンを受けたのです。もちろん、オーケストラ・スタディも非常に多く学びました。
訳者補足:Prof.Wobischのレッスンは相当厳しいものだったようです。レッスンでは常に弟子全員いて聴講していなければいけませんし、もし他の学生が犯した同じミスを繰り返したときは”何を聴いていたんだ!”厳しく怒られレッスンはすぐに終わってしまったそうです。常に自分以外の学生のレッスンも自分のレッスン同様に集中していなければならなかったそうです。Singer氏は受講するだけでなく、受講するのと同じように聴講することの大事さをいつも言っています。
B質 問
質問:ウィーン・フィルの音色はすばらしいですし、特別なものと感じますがSingerさんHeckelの音色にこだわるのはやはりウィーンフィルの独特の音色があってのものではないでしょうか?
Singer氏:そのとおりです。私が良いと感じるオーケストラの音色は1960年前後のウィーンフィル、私の先生が演奏していた時代のものです。例えば、家庭交響曲のようなR.Strauss自身の指揮での演奏や、カラヤンの演奏などがそうです。その当時の音色はレコーディングによって今でも聞くことが出来ます。その当時はみんなHeckelで演奏していました。
質問:今の質問の続きといっても良いと思いますが、私(質問者)自身ウィーンのMusikvereinで聴いた音とレコーディングされたウィーンフィルの音とは違うと思います。Singerさんはレコーディングされた音とライヴの音との違いをどのように感じていらっしゃいますか?レコーディングされたものは私たちは音色を学ぶ上で勉強になるのでしょうか?
Singer氏:やはり実際の音とレコーディングされたものは違います。また、レコーディングされたものを再生する機械の質、環境(部屋の空間の広さなど)によって更に違いが出てきます。例えば私が演奏したアルペン交響曲のレコーディングですが、これは聴衆がいない状態で録音されたものです。もし実際にあったその演奏会を直接聴いたものと、レコーディングを比較すれば演奏会は当然聴衆がいますからいろいろな意味で違うのは当たり前です。私がそういう意味でみなさんに聴いて勉強・参考にして欲しいものは本当のライブレコーディング、お客さんが入った状態で録音されたものですね。それから録音技術の問題も忘れてはいけません。昔、ウィーン・フィルはDecca社で録音をしていました。当時のレコーディングスタッフとそのチームは大変優れていました。私のお奨めのレコーディングです。
質問:ブラームスの交響曲2番やベートーヴェンの交響曲7、9番はD管を使って演奏しますか?
Singer氏:はい、演奏します。しかし、9番の3楽章はC管で吹きます。
質問:第9の3楽章、4楽章がアタッカの場合は4楽章の最初だけC管で吹くのですか?
Singer氏:いいえ、D管にすばやく持ち替えて演奏します。大急ぎでね(笑)
質問:聴講していて感じたのですが、私自身が習った8分音符に比べ今日のレッスンの8分音符はかなり短く思います。これはウィーンのトランペットだけのスタイルなのですか、それとも他の楽器も含めたウィーンのスタイルなのですか?
Singer氏: 今回、受講生諸君にメソードからオーケストラスタディーまでレッスンしました。私が、みなさんに伝えたいのは正しく(正確な)アタック、アーティキュレーション、表現をすることです。各々個人がどのように吹きたいかというところは別なことですが、基本的には8分音符はあくまで8分音符なのです。例えば、モーツァルト、ブラームス、ブルックナーなどそれぞれに音楽の大きな違いがあります。繰り返し言いますがあくまで8分音符はあくまで8分音符なのです。ですから、弦楽器・管楽器によって違いはありません。トランペットだけの考え方ではないのです。
質問:実際にウィーン・フィルを振った指揮者が”もっと音符を長く演奏してくれ”と言った場合はどうしますか?
Singer氏: その表現が私たち(ウィーン・フィルメンバー)が、納得いかないものであれば演奏しません。思いつきだけで言う指揮者はたくさんいますからね(笑)
訳者築地より
今回、長い時間にわたってレッスンと興味深いお話をしていただいたWalter Singerさん、さまざまな興味深い質問をしていただいた受講生の方々、そして参加していただいた方々にこの場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。
上記の内容は第8回ウィーン・トランペット研究会で行われたものです。W.Singer氏の意見・考えを築地の責任において、編集・発表しています。また、一部内容において誤解を招くと判断したものは、築地の判断により削除させていただいています。
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